大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和57年(行ウ)3号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【事実】

第一 当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が原告に対し昭和五四年七月三〇日付でした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償一時金の不支給決定処分を取消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二 当事者の主張

一 請求原因

1 原告の妻高岡澄子(以下「澄子」という。)は、昭和四四年ころから兵庫県宝塚市栄町三丁目一〇番一号所在の株式会社新宝塚グランドホテル(現在の商号は、株式会社宝塚グランドホテル、以下「会社」という。)に雇用され、客室係として勤務していたところ、同五三年五月二二日午前零時すぎころ、会社のホテル建物(以下「ホテル」という。)五階パントリー内に設置されている料理等運搬用リフトの搬出入口からリフトの通行孔内へ転落し、同建物一階部分に止められていたリフトの籠(搬器)の上に落下し(以下「本件事故」という。)、同日午前四時一〇分ころ、本件事故による全身打撲を原因とする外傷性ショックにより死亡した。

2 原告は、澄子の死亡が業務上の事由によるものであるとして、被告に対し、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償一時金の請求をしたところ、被告は、同五四年七月三〇日付で澄子の死亡は業務に起因するものとは認められないとして、原告に対し、右一時金を支給しない旨の決定処分(以下「本件処分」という。)をした。

そこで原告は、同年九月二八日本件処分につき、兵庫労働災害補償保険審査官に対して審査請求をしたが、同審査官は、同五五年二月二七日右審査請求を棄却する旨の決定をしたので、原告は、さらに同年四月二六日労働保険審査会に対して再審査請求をしたところ、同審査会は、同五六年一〇月五日右再審査請求を棄却する旨の裁決をし、右裁決書謄本は同年一一月二八日原告に送達された。

3 しかし、澄子の死亡は次の理由から業務上の事由によるものというべきである。

(一) 澄子は、本件事故前日の同五三年五月二一日午後六時ころからホテル四階広間で行われた宴会につき、客室係としてその職務に従事したが、その宴席で客にすすめられて飲酒し酩酊したため、宴会終了後同僚の客室係により前記パントリーに連れていかれ、同室内の畳敷の部分に寝かされていたところ、本件事故に遭つたものである。

(二) 澄子の職務には宴席で客に酒類のサービス(宴席での酌)をすることも含まれており、その際客から酒をすすめられた場合には、これを受けることも又その職務の範囲内であるから、澄子が右のように飲酒、酩酊していたことは職務上の事由によるものである。

(三) 前記リフトの搬出入口は、前記パントリー内の壁面にエレベーターの乗降口と隣接して設置されており、その床面からの高さは七四センチメートル、その大きさは縦七一センチメートル、横七〇センチメートルであるところ、その扉に安全装置がついておらず、その位置にリフトの籠が到着していない場合でも自由に扉を開閉できる構造であるため、極めて危険なものであつた。

(四) 本件事故直後リフトの下部に食器の破片があつたという事実からして、澄子は、右の仮眠から目を覚ました後、食器の後片づけをしようとして、転落したものと推測される。

(五) 澄子が仮眠していた前記パントリーは、客室係の休憩室を兼ねているとともに、日頃澄子が職務を行い、又その準備をする部屋であり、一方、本件事故は、宴会終了後澄子が同室に連れて来られてからわずかの時間の後に発生したのであるから、澄子は、本件事故当時、時間的にも場所的にも会社の支配下にあつたものである。

また、会社は、業務遂行の必要性から、澄子を含む客室係について全寮制をとり、ホテル近くの寮に宿泊させていたのであるから、仮に、本件事故が澄子の業務終了後に発生したとしても、澄子は、なお会社の支配下にあつたものである。

(六) なお、会社は、澄子に対して雇用契約に基づく安全保護義務を負つているところ、本件においては、職務上の事由により酩酊した澄子を危険な設備の存在する前記パントリー内に一人の状態で放置した点において、会社に右安全保護義務違反が存することは明らかであり、本件事故はそのために発生したのであるから、右事実も澄子の死亡が業務上の事由によるものか否かの判断の要素とされるべきである。

4 よつて、本件処分は違法であるから、その取消を求める。

二 請求原因に対する認否及び被告の主張

1 請求原因1項の事実は認める。

2 同2項の事実は認める。

3(一) 同3項(一)の事実中、澄子が宴席で飲酒したのが客にすすめられたことによるとの点は知らない。澄子がパントリー内の畳敷の部分に寝かされていたとの点は否認する。その余の事実はいずれも認める。

なお、パントリーはリネン室と接続しているが、畳敷の部分はリネン室の一部にあり、澄子は同所で寝ていたものである。

(二) 同(二)のうち、澄子の職務内容に宴席で客に酒類のサービスをすることも含まれているとの点は認めるが、その余は争う。

(三) 同(三)の事実は認めるが、リフトの搬出入口が危険なものであるとの点は争う。

(四) 同(四)は争う。

(五) 同(五)のうち、パントリーが客室係の休憩室を兼ねているとの点は否認する。澄子がパントリーに連れて来られてからわずかの時間の後に本件事故が発生したとの点は争う。会社が業務遂行の必要性から澄子を含む客室係について全寮制をとり、ホテル近くの寮に宿泊させていたとの点は認める。

(六) 同(六)は争う。

4 (被告の主張)

業務上災害の成立には、災害当時、労働者が労働契約に基づき現に事業主の支配下にあること(業務遂行性)及びそのことと災害との間に相当因果関係があること(業務起因性)を要件とすると解すべきところ、本件事故については、次のとおり業務遂行性も業務起因性も認められない。

(一) 澄子は、原告主張の宴会終了時には、ろれつがまわらないほど泥酔し、宴会の後片づけ等の業務に従事できない状態であつたため、前記パントリーに連れていかれたのである。したがつて、その時点で客室係としての職務から離脱したものというべきである。

仮にそうでないとしても、同僚の客室係は、当日の客室係の本来の業務を遅くとも午後九時三〇分ころには終え、その後入浴及び帰り支度をすませ、澄子が前記リネン室内の畳敷の部分で寝ていることを確認したうえ、午後一〇時四〇分ころに退勤しているのであつて、澄子が寝ている間に澄子のすべき業務はすべて終了していた。したがつて、本件事故当時、澄子の職務時間は既に終了していたのみならず、澄子が前記パントリー内ですべき業務は全くなかつたのであるから、澄子が事業場施設内にいたことのみから具体的な業務遂行性を肯定することはできない。

そのうえ、本件の場合は、澄子が前記リフト搬出入口から転落するに至るような業務上の事由が当夜存在又は発生したと認められないのである。そのような事態になつた事由は定かでないとしても、客観的にみるならば、澄子の行為は、業務上の事由が全く想定されない状況のもとでの私的な行為、換言すれば、恣意的な危険への接近行為とみられるのであるから、業務起因性を認めることもできないというべきである。

(二) 原告は、澄子が本件事故当時、食器の後片づけをしようとしていた旨主張するが、以下の事情に照らせば、右主張は失当である。

すなわち、原告主張の宴会はホテル四階で行われたものであり、右宴会で使用された食器類はすべて四階のパントリーで処理することになつていたのであるから、本件事故当時澄子のいた五階パントリー内には、右宴会で使用された食器類は一切存在しなかつた。

また、原告の主張する食器の破片は、リフトの一番下に設けられた安全装置の底に穴があいているピット部分にあつたもので、澄子が落下したリフトの籠部分にはなかつたのであるから、右事実のみから澄子が食器を片づけようとしていたとはいえない。

仮に食器の片づけをしようとしたのであれば、リフトの籠が搬出入口に到着していないのに食器をのせようとしたことになり不自然であるし、リフトで食器を運ぼうとしていたのであれば、通行孔内をのぞき込むような姿勢をとる必要はないから転落することはあり得ない。

(三) また、原告は、澄子の飲酒、酩酊が業務上の事由によるものである旨主張するが、客室係の職務には自ら飲酒することまでは含まれない。仮に客に酒をすすめられてやむなく飲まなくてはならない場合でも自ずと限度があり、泥酔状態になり、客室係の本来の職務に従事できないほど飲酒するのは常軌を逸しており、業務を超えた恣意行為によるものというべきである。

(四) また、原告は、前記五階パントリー内のリフト搬出入口が危険な設備である旨主張するが、その位置及び大きさは原告主張のとおりであるうえ、その下端部には奥行27.5センチメートルの台状部分(カウンター)があるから、通常の成人では特に通行孔内に身を乗り出してのぞき込む姿勢をとらなければそこに転落するおそれはないし、その扉は、上下に分れて開く二枚の鉄張板から成つており、上側の板についている把手を上方に押し上げるとそれに応じて下側の板が下がり、しかも上側の板を完全に上端まで押し上げないと下側の板が完全に下端まで下がらない構造になつているから、右の意識的操作を行わないのに扉が開くことによる危険性は考えられない。

(五) なお、会社には、原告が主張するような安全保護義務違反の事実は認められないのみならず、業務上の災害か否かは、業務遂行性及び業務起因性の存否によつてのみ判断されるべきであるから、これと異なる原告の主張は失当である。

第三 証拠<省略>

【判旨】

二そこで、澄子の死亡が業務上の事由によるものであるか否かについて判断する。

1 右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 澄子は、昭和五三年五月二一日午後六時ころからホテル四階広間(パープルの間)で行われた宴会に客室係として従事した。これに従事した客室係は、澄子のほか、今井鶴子、永岡千恵子ほか一名の計四名であり、今井鶴子がその責任者であつた。また、この宴会には、客室係の手伝をするアルバイトの者が数名いたほか、客の注文により、宴席で客に酒の酌をする役割のやとな二〇名が同席した。

澄子は、日頃から酒を好み、宴会を担当したときは客と一緒になつて飲酒することが多かつたが、右宴会においても相当に飲酒し、特に午後八時ころからは数人の客の前に座り込んで飲酒していた。そのため、右宴会は午後八時半ころから一部の客が席を立ち始めたが、澄子はそのころにはろれつがまわらないほど酩酊しており、宴会の後片づけ等をする他の客室係の足手まといになる状態であつた。そこで今井鶴子は、澄子を休ませた方がよいと判断し、永岡千恵子と二人で澄子をエレベーターに乗せて澄子の控室のある五階パントリーに連れて行つたが、エレベーターが同室内の乗降口に着くと、澄子は一人で同室内に降りて行つた。

一方、右宴会は午後九時ころまでには終了し、その後澄子以外の三名の客室係は、宴会で使用された食器類の後片づけや掃除等の後始末をし、さらに翌日の朝食の準備をして当日の職務を終えた。そして、今井鶴子と永岡千恵子は、その後入浴及び帰り支度をすませ、午後一〇時三八分出勤表にタイムレコードを押して退勤した。

右両名が退勤の直前、澄子の様子を見るため五階パントリーに立ち寄つたところ、澄子は同室と接続しているリネン室内の畳敷(三畳)の部分にうつ伏せになつて眠つていたが、今井鶴子らは、以前に同じように宴席で、飲酒、酩酊して眠り込んだ澄子を起こそうとしてうるさくからまれたことがあつたことや、それまでにも澄子が同所で眠り込んだまま泊まつてしまうことが何度かあつたことから、澄子をそのままにして退勤した。

その後翌日の同月二二日午前零時すぎころ、本件事故が発生し、澄子はホテル一階と地階の間のリフト通行孔内に止まつていたリフトの籠の上で負傷しているところを発見されたが、その間の澄子の行動は不明である。

(二) 会社の客室係の通常の勤務形態は、まず午前七時前に出勤し、前夜からの宿泊客の部屋の片づけや、客がホテルを出るまでの一切のサービスを行い、その後午前一〇時半ころまでに次の客の宿泊準備等を終える。その後は午後三時まで休憩時間となるが、この間二名の当番が昼間の客のサービスを行う。午後三時からは主として宴会の準備を行い、宴会が始まると宴席にも出て料理等の上げ下げ等のサービスをする。宴会終了後はその後片づけを行い、マッサージの手配や、夜食の準備等客の注文に応じたサービスをし、さらに翌日の準備をして、おおむね午後一〇時前後にその日の職務を終える。その後入浴、帰り支度をして、おおむね午後一一時前に退勤するが、二名の当番がホテルに宿泊して夜間の客のサービスにあたることになる。

会社では、客室係の右のような勤務形態に応じ、業務遂行の必要上、澄子を含む客室係につき全寮制をとり、ホテルの近くの寮に宿泊させ、右夜間当番の者以外は寮に帰つて宿泊するように指導していた。

一方、各客室係には、その所属する階が定められており、その階のパントリーに隣接するリネン室(ただし、両室は一部の壁を除いてはカーテンによつて仕切られている。)がその控室とされ、同室内に私物を置くようになつている。また同室は客室係の更衣室及び休憩室を兼ねており、室内には三畳の畳敷部分がある。そして、夜間の当番を担当する場合には同室で宿泊することになつている。

しかし、宴会については、右所属階にかかわらず、前日に指定される宴会場の宴会を担当することになる。そして、宴会で使用された食器類等はすべてその宴会場の階のパントリーを通じ、従業員用のエレベーターで降して処理され、かつ、その処理は翌日に持ち越さないことになつている。

澄子は、本件事故前夜から当日にかけての夜間の当番ではなかつた。

また、客室係は、宴会を担当する場合和服に着変えることになつており、澄子も本件事故前夜の宴会に和服で出ていたが、本件事故発生後発見されたときも右和服を着たままの状態であつた。

(三) 会社では、従業員の就業中の飲酒を禁止しており、特に客室係については、宴席で客に酒類のサービス(宴席での酌)をすることもその職務内容に含まれているため、その際客から酒をすすめられても、上手に断るよう指導していた。

澄子は、本件事故の約一年前ころ、就業中に飲酒、酩酊しては仕事を中途で放棄したり、客の頭をたたいたりする等のことがあつたため、会社から退職を勧告されたが、態度を改める旨誓約して、雇用の継続を認められたことがあつた。

(四) 澄子が転落したホテル五階パントリー内のリフト搬出入口は、同室内の壁面にエレベーターの乗降口と隣接して設置されているが、右リフトはウインドウ型と呼ばれるもので、搬出入口は、その下端部で床面から七四センチメートルの高さの位置にあり、縦七一センチメートル、横七〇センチメートルの大きさの長方形であり、下端部から奥へ幅二七センチメートルの台状部分(カウンター)が設けられ、その奥に扉が設置され、さらにその奥がリフト通行孔となつている。

搬出入口の扉は、上下に分れて開く二枚の鉄張板から成つており、上側の板の把手を上方に押し上げるとそれに応じて下側の板が下がり、上側の板を上端まで上げないと下側の板が下端まで下がらない仕組になつているが、この開閉にはさほど力を要しない。この扉には、その位置にリフトの籠が到着した場合にのみその開閉ができるような安全装置はついておらず、いつでも自由に開閉できるが、扉を開いた場合には、リフトの籠はそのときの位置で停止する。

リフト通行孔は、ホテル地階から八階まで通じており、リフトの籠を上下に移動する操作は、搬出入口の横に設置されているボタンを押して行うようになつている。

リフト通行孔の壁と寵の外面との間には、約一九センチメートルの隙間がある。

なお、澄子は、ホテルの営業が開始された同四四年から会社に雇用されていたため、右リフトの構造及びその操作方法については、十分な知識を有していた。

本件事故前に澄子が眠つていた前記リネン室からパントリーに入ると、右手にパントリーの出入口、右斜前方にリフト搬出入口、そして正面にエレベーター乗降口がそれぞれあり、リネン室内の畳敷の部分からリフト搬出入口までの距離は最も近いところで5.57メートルであるが、本件事故当時、リフト搬出入口の前には配膳台が置かれていたため、リネン室から搬出入口のところへは直線的に行けず、配膳台を回り込まなければ行けない状態になつていた。

(五) 本件事故後、リフト通行孔の一番下に設置されている安全装置の底に穴があいている部分(ピット部分)に食器の破片があるのが発見されたが、澄子が落下したリフトの籠の上には食器の破片はなかつた。

以上の事実を認めることができ、<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2 以上の事実によれば、澄子は本件事故前夜午後九時ころから本件事故直前までホテル五階パントリーに接続するリネン室内の畳敷の部分で眠つていたところ、本件事故直前に目を覚まし、同室内からパントリー壁面のリフト搬出入口まで行き、その扉を開けて通行孔内に身を乗り出すようにし、その結果、本件事故が発生したものであることが推認できる。

しかし、澄子が右のような行為をすべき業務上の事由が存在又は発生した事実はなく、本件事故当時、澄子が右のような行為をした目的、理由は不明であるといわざるを得ない。

この点につき、原告は、澄子は本件事故当時、食器の後片づけをしようとしていた旨主張するが、リフトの操作方法を熟知していた澄子が、食器をリフトで運ぼうとしていたのであればリフトの籠が五階の搬出入口に到着していないのに食器を籠に搬入しようとしたことになつて不自然であるし、しかも、リフト通行孔に身を乗り出すような姿勢をとる必要はなかつたはずであり、また、当時五階パントリー内には本件事故前夜の宴会で使用された食器類はなかつたものと認められるし、リフト通行孔の壁とリフトの籠の外面とに隙間があること、澄子が落下した籠の上には食器の破片はなかつたことを考え合わせると、リフト下部にあつた食器の破片は本件事故とは無関係のものである可能性が強い。

したがつて、原告の右主張を認めることはできない。

3 以上の認定事実を前提に、澄子の死亡が業務上の事由によるものであるか否かを判断する。

一般に、業務上の事由による死亡といいうるためには、労働者が業務を遂行中に(業務遂行性)、業務に起因して発生した(業務起因性)災害により、死亡した場合であることを要するものと解すべきである。

そして、ここに業務遂行性とは、具体的な業務行為を行つている場合をその典型とするが、必ずしもこれに限られず、業務行為に付随する行為(具体的業務行為に伴う必要行為、合理的行為。準備又は後始末行為)を行つている場合もこれに含まれ、さらには休憩時間中等のように具体的には業務に従事していない場合も含まれるのであり、要は、労働者が労働関係上、現に事業主の支配下にあることを指す。

また、業務起因性とは、経験則上その災害が右の業務遂行に伴う危険の現実化したものと認められることをいい、換言すれば、右の業務遂行と災害との間に相当因果関係があることを指す。

そして、業務遂行性が認められる場合においても、具体的な業務行為に従事中に発生した災害のような場合には、事実上業務起因性が推定され、特別の事情のない限り業務上の災害と認められるが、例えば、休憩時間中に発生した災害のような場合には、そこに私的行為等業務と関係のない事由が介在する余地が大きいから、業務起因性は推定されず、事業場施設の瑕疵が共働原因になつているとか、特に業務遂行と相当因果関係のある災害であること(業務起因性)が認められない限り、業務上の災害とは認められないものと解するのが相当である。

4 そこで、本件につき、まず、業務遂行性の点を検討すると、澄子が本件事故当時、具体的な業務行為又はそれに付随する行為に従事中であつたものとは認められないが、澄子は退勤しないまま会社施設内にいたのであり、本件事故は通常の澄子の退勤時間から一時間半ほど後に発生したのであるから、会社としては、当時なお澄子を指揮監督する余地があり、その意味において、澄子は当時なお労働関係上現に会社の支配下にあつたものというべきである。

この点に関して被告は、澄子が本件事故前夜の宴会で酩酊し、控室に連れていかれた時点で、業務から離脱した旨主張するが、前記認定の事実によれば、澄子が右宴会終了時ころ業務に従事することが著しく困難なほどの酩酊状態にあつたことは認められるとしても、業務遂行能力を全く喪失したことまでは認められないし、その後も澄子は会社施設内にいたのであり、本件事故当時までに業務行為を行う余地が全くなかつたものとはいえないから、澄子が右のような酩酊状態になつたことをもつて、会社の支配下から離脱したものということは相当でない。

5 そこで、さらに、業務起因性の点を検討すると、本件事故当時、澄子がリフト搬出入口から転落するに至るような行為をすべき業務上の事由が存在又は発生した事実がないことは前記のとおりであり、また、本件事故との関係において、会社の労務管理上の瑕疵あるいは右リフト搬出入口等会社の施設の瑕疵があることも認められないから、結局、右のように澄子が会社の支配下にあつたことと本件事故との間には相当因果関係を認めることはできないものというべきである。

この点に関して原告は、右リフト搬出入口は、その位置にリフトの籠が到着しなくても扉が開閉できるようになつている点において危険な設備である旨主張するが、前記認定の事実によれば、右扉を開くにはそれなりの意識的な操作が必要であるうえ、リフトの籠が当該階の搬出入口に到着しないときに扉が開いても、特に通行孔内に身を乗り出してのぞき込むような姿勢をとらない限り転落するおそれはなく、リフトの使用に際し通常右のような姿勢をとる必要はないことが明らかであるから、原告の右主張は失当である。

また、原告は、本件事故の原因については、澄子が酩酊していたことと関連があり、その酩酊は職務上の事由によるものである旨主張するが、澄子が客室係としての職務に従事することが著しく困難になる程度にまで飲酒することは、客室係の宴会における業務の特質を考慮に入れるとしても、明らかに業務の範囲を超えており、むしろ恣意行為によるものというべきであるから、原告の右主張は失当である。

6 そうすると、結局、本件事故による澄子の死亡は、業務上の事由によるものとは認められないというべきである。

なお、原告は、本件においては会社の安全保護義務違反の事実も澄子の死亡が業務上の事由によるものか否かの判断の要素とすべきである旨主張するが、右判断にあたつては、業務遂行性及び業務起因性の存否を判断すれば必要十分であり、その判断に参酌される事実が事業主の民事責任との関連において、安全保護義務違反と評価されることがありうるとしても、安全保護義務違反の事実が当然に右判断の要素とされるべきものとはいえないから、原告の右主張は採用しない。

三以上の次第で、本件処分は適法というべきであり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(中川敏男 上原健嗣 小田幸生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!